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大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)29号 判決

京都市中京区壬生松原町一

第三九号控訴人兼第二九号被控訴人

大屋美智子

(以下「一審原告」という)

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

村松いづみ

佐藤克昭

同市同区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地

第二九号控訴人兼第三九号被控訴人

中京税務署長

(以下「一審被告」という)

堀尾源藏

右指定代理人

細井淳久

川口秀憲

今中一寿

橋本稔

主文

原判決中一審被告敗訴部分を取消す。

右部分につき一審原告の請求を棄却する。

一審原告の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ一審原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  第二九号事件

1  一審被告

(一) 原判決中一審被告敗訴部分を取消す。

(二) 被控訴人の本訴請求(当審において請求減縮した請求)を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

2  一審原告

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は一審被告の負担とする。

二  第三九号事件

1  一審原告

(一) 原判決を左のとおり変更する。

一審被告が一審原告に対し、昭和五四年一〇月一三日付でそれぞれなした一審原告の昭和五一年ないし五三年分の各所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分につき、各更正処分中総所得金額の認定が昭和五一年分につき七八七万五〇四一円、昭和五二年分につき四二八万八六一四円、昭和五三年分につき一九七万三一六七円をそれぞれ越える部分及び各過少申告加算税賦課決定処分中これに対応する部分をいずれも取消す(当審において請求減縮)。

(二) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

2  一審被告

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は一審原告の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、以下のとおり付加、補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  同三枚目表一行目の次に「右調査に際し、一審被告の調査担当者大蔵事務官野畑雄二は、昭和五四年八月三日の訪問の際、調査目的を述べたものの、具体的な帳簿書類の提示要求はなく、いわんやその理由の開示はなかつた。また同年九月四日の訪問の際も同様である。」を、同三行目末尾に「につき、一審原告の第三九号事件控訴の趣旨(一)のとおり、同項記載の額を超える部分」をそれぞれ加え、同八行目の「抗弁」を「主張」と改め、以下事実摘示欄中の「抗弁」をすべて同様に改める。

二  同四枚目表三行目の「被告は、」の次に「前記二の事情により、」を加え、同九行目の「被告」を「原告」と改め、同裏末行の「した」の次に「(以下「同業者選定基準」という)」を加える。

三  同六枚目表九行目の次に以下のとおり加える。

「(七) 原判決は、以下の点で批判を免れない。

(1)  原判決は、一審原告の仕入価格の小売価格に対する割合(以下「仕切率」という)及び全国統計資料による平均的万引損失額の売上金額に対する割合(以下「平均万引率」という)の二点から、一審被告の採用した昭和五三年分の同業者のうちA及びEにつき推計の基礎となるべき同業者から除くべきであると判示するが、合理的根拠を示すことなく、このように選定された一部同業者の原価率が一審原告の原価率より低いと即断して除外するのは、かえつて適正な平均値を算出することを妨げる。なぜなら、同業者の原価率の平均値、すなわち、同業者原価率を求めた目的は、各同業者間におけるもろもろの営業条件の相違を平均化して包摂する原価率、すなわち、平均的な営業条件を有する同業者の原価率を措定するためである。つまり、右方法による推計は、一審原告と同一の営業条件を有する同業者を選定することも、一審原告の営業条件を数値化することも不可能であるため、一応、一審原告が平均的な同業者に属するものと推定し、一審原告の原価率も同業者原価率と等しいであろうと推定して、一審原告の売上金額の蓋然値を求める計算方法なのである。したがつて、同業者原価率も、より多くの営業条件の相違が包摂されていることが望ましいから、平均的同業者を措定するための同業者数はなるべく多いのが望ましいとともに、それぞれの営業条件の相違を反映した各原価率は、その間に格差のあるのが当然であり、もちろん一審原告の真実の原価率より高いものも低いものもあり得るが、それらをすべて網羅したうえでの平均値を算出するのでなければ、平均的同業者を措定することにはならない。本件においては、原判決別紙第七表記載の同業者らは、それらの売上原価が、各年分とも一審原告のそれの約〇・五倍から一・五倍までの範囲内にあり、これらの同業者の各原価率の相違は、それぞれ各人のもろもろの営業条件の相違を反映した実績値であつて、これらの同業者から一審原告の原価率を推計することは合理性があると言うべきである。

原判決の理由を推測するに、一審原告における仕切率七七・七パーセントと平均的な万引率〇・六一二パーセントを合計すると、一審原告の原価率は少なくとも七八・三一パーセントとなり、同業者A及びEの各原価率はいずれもそれを下回るから、類似性がないことにあると考えられる。しかし、元来原価率は仕切率及び平均万引率のみから構成されるものではないから、右のような比較方法は不適切であるうえ、平均万引率はあくまで平均値にすぎないうえ、リベートによる収入も考慮すべきところ、一審原告は売上の〇・七パーセントの右リベート収入を得ているのであるから、A及びEは同業者として不相当とまでは言えない。むしろA及びEを除外すると、その余の同業者の原価率の平均値は、より劣る営業条件のみが反映されたものとなり、一審原告の営業規模の前後〇・五倍から一・五倍までの範囲内にある平均的営業条件を有する同業者、すなわち、類似同業者を措定するという本来の趣旨が没却されてしまう。仮に一審原告の仕切率から見て、A及びEの仕切率が下回るとしても、書籍等小売業の仕切率は、本、雑誌により異なり、一様ではないから、その取扱書籍の構成によつては、一審原告の仕切率より低い業者が存在することはむしろ当然であつて、そもそも実績課税をとりえず、類似同業者比率による推計課税を採用した本件において、右程度の仕切率の差異は、同業者性を否定する要因にはなりえない。したがつて、A及びEを本件推計の基礎となる同業者から除外してはならない。

(2)  原判決は、一審原告の昭和五三年分の売上金額を昭和五二年分の同業者平均原価率を用いて推計すべきであり、かつ右方法は一審被告の予備的主張にかかる方法より合理的であると判示するが、その理由の判示はなく、右予備的主張にかかる方法は、原判決の採用した右方法よりも合理性において劣るものとは考え難いうえ、原判決別紙第七表記載の原価率の各年分の推移を見れば、明らかに各業者の原価率には変動が見られ、一審被告算出の右各年分の同業者平均原価率間の差(〇・五五パーセント)は決して特異なものではないから、原判決の右推計方法は不当と言うべきである。

そもそも事業所得金額の推計とは、実額を推定計算すること、すなわち、実額算定の直接資料以外の資料によりある金額を認定し、これが実額に最も近似するものであろうと推定する計算方法である。したがつて、推計には種々の計算方法があり、特定の事案においても複数の計算方法があり得るが、その中でも社会通念上より実額に接近しうる計算方法が選択されなければならない。ところで、いわゆる同業者の原価率に比準して、係争年分の売上金額を推計する場合を考えると、ある年分の原価率を構成する売上金額及び売上原価は、それぞれその年度内における社会的、経済的あるいは自然的諸状況の影響を受けて決定されたものであるから、ある年分の原価率は本来当該年度内の事業に固有のものである。そこで、同業者の原価率につき、係争年分と同一年分のものが得られたときは、係争業者の原価率も、特別の事情がないかぎり、同業者と同一の社会的、経済的あるいは自然的な状況の影響を受けたであろうから、当該年分の同業者の原価率と同一であろうと推定することができるので、これに比準して係争業者の係争年分の売上金額を推計することがより合理的な方法として認められるのである。もつとも原判決が採用した右方法がただちに不合理であるとは言えないが、各年毎に社会的、経済的あるいは自然的な状況が相違することに鑑みれば、他の年分の同業者原価率に比準するのに比較して、同一年分の同業者原価率に比準する方が、社会通念上より実額に接近しうるものと認められるから、同一年分の同業者原価率が得られているかぎりは、特別の理由がないかぎり、これに比準すべきである。

原判決は、一審原告及び書籍小売業界一般にとつても、昭和五二年から昭和五三年の間に、原価率を変動させる事情が存したとか、原価率が変動したとかの事情も認められないというが、右原価率の決定要因である売上金額及び売上原価については、前者は小売定価が売上値引や報奨歩引(雑収入)等によつて左右された結果であり、後者は仕入価額が期末棚卸や万引損失等によつて左右された結果であるところ、それらの要素の構成割合は、各年において異なるのが通常であり、現に本件同業者の各原価率は、原判決別紙第七表のとおり、各年において明らかに変動しているのであるから、昭和五三年分の同業者原価率が得られているにもかかわらず、これをおいて他の年分の同業者原価率が相当であると言うことはできない。また、原判決は、一審原告にとつて、いずれの年分においても仕入価格の小売定価に対する比率が同一であることも理由とするが、各年分の間においては、仕切率が同一であるからと言つて、売上原価率も同一であるとは言えないので、右理由も原判決の方法を採用する合理的理由とはならない。

したがつて、A、Eを除くのであれば、昭和五三年度のその余の同業者によつて、売上の推計をなすべきであつて、原判決の右方法は妥当とは言いがたい。仮に、A、Eを除外して、昭和五三年度の同業者によつて右推計を行えば、別表二、1欄算定のとおりであつて、その結果は一審被告の主位的請求の額よりも多額となる。

(3)  さらに、原判決は、昭和五三年分の売上金額を昭和五二年分の同業者平均原価率によつて推計しながら、雇人費については、昭和五三年分の同業者雇人費率により推計し、しかも右雇人費率は、原判決が原価率の判断において排除したA、E(いずれも同年度の他の同業者に比して雇人費率が高い)を含めて計算している。しかし、書籍小売業においては、同一の店舗面積で従業員が増加すれば、万引損失が減少するから、雇人費率が上昇する代わりに、原価率が低下して差益率が上昇するというように、雇人費率と原価率、差益率とは相関関係にあり、雇人費率は、同年度の同じ同業者を基礎にして算出されるべきであつて、昭和五三年分の推計にあたり、A及びEを除外するならば、雇人費率の算定においても右二業者を除外すべきであつて、原判決の右方法は恣意的であり、合理的とは言いがたい。したがつて、仮に、昭和五三年分につき、前記A及びEを推計の基礎に加えることが相当でないとすれば、右二業者を除いた業者の平均的売上原価率及び雇人費率を用いて推計しても、合理性に欠けるところはなく、前年度分の同業者比率を用いるよりも合理的であることは明らかである。」

四  同七枚目裏一行目末尾に「その結果、一審原告の事業所得金額は別表二、2欄記載のとおり、五七二万二六九二円となる。」を、同五行目の「とおり」の次に「であり、右各額が正確であることは、一審原告の提出した売上日計表(甲第五一ないし第五三号証)、売上帳(同第五四号証)、売掛帳(同第一四六、第一四七号証)、売掛請求書控(同第一四八ないし第一七七号証)、売掛領収書控(同第一七八ないし第一九八号証)、業務日誌(同第二〇一ないし第二〇四号証)により明らか」をそれぞれ加える。

五  同八枚目表三行目の次に以下のとおり加える。

「 原判決は、右実額認定の資料となるべき一審原告提出の書証に疑問を呈するが、右疑問は、以下のとおり、根拠がない。

1  一審原告においては、店頭売りの場合は、レジないし領収書により、掛け売りの場合は、請求書を売掛ノートに転記し、これらすべてにつき、その日の売上合計として、夕方及び最終にレジに打たれて、記録レシートが出される。夕方作成された記録レシートは業務日誌に、最終レシートは日計表に貼付される。これらは現金、受取り図書券とともに、翌日一審原告宅に届けられ、一審原告がこれを点検整理して、売上帳に売上金額を数日分まとめて記入し、現金は数日分まとめて三和銀行四条大宮支店に届ける方法で、現金及び帳票を作成していた。

一審原告提出の書証類の不一致右原判決の疑問点はすべて、誤記や転記違い程度のものであり、レジに入金され、あるいは請求書、売掛ノートに記載されており、かつ売掛請求書及び領収書中不存在もしくは除去されたものは、単に保存されなかつたり、汚損破損したにすぎず、いずれも売上除外を意図したものではない。」

六  同四行目の次に以下のとおり加える。

「1 一審被告主張の同業者選定基準のうち、(1)及び(2)はほとんどすべての書店に該当し、(3)は青色申告書に正確性の保障はなく、(4)は、当然のことであるが、むしろ営業開始年度や廃止前の年度の同業者を排除しないので、それのみでは正確な基準とは言えない、(5)は、住所、氏名が明らかではない以上、その確証はない点で、いずれも基準としての妥当性を欠き、右基準(1)ないし(6)のうち、適切な同業者の選定の基準となりうるものは(6)のみである。

そのうえ、一審原告の書店の業態は複雑であり、一般化することは困難である。さらに、一審原告書店においては、本人自身の病気や家庭の事情により、姻戚関係にある岡本長明ら従業員が、一審原告に代わつて、同書店の多忙な業務を行つており、他の正常な業態にある書店とは同列に論ずることができない。同業者選定基準は、かかる一審原告の業態の特殊態様を十分に反映せず、右基準によつては、一審原告の業態と類似する同業者を選定することはできない。

2 さらに、一審被告が同業者選定基準を用いて選定した同業者には以下の疑問が存在する。

(一)  京都市内の書店(事業者数約五〇〇店)のうち、同業者選定基準に該当する同業者が一〇店に満たないとは考え難く、サンプリングの数が少なすぎ、恣意的な選定の疑いがある。

(二)  仮に一審被告の同業者選定を認めるとしても、各業者間の事業格差は大きく、加重平均をしなければ実態を反映したものとはならない。とくに、昭和五三年分は、加重平均値が単純平均値を二・三八パーセントも上回るのである。

(三)  選定された九業者中、三年間を通じる者が四者に過ぎず、安定性を欠く。

(四)  選定された九業者が現実に存在したものか否かは一審被告提出の資料では判断できず、統計資料としての価値それ自体の価値が極めて低く、証拠価値を持たない。

3 また、一審被告主張の同業者原価率表(原判決別紙第七表)によつて、一審原告の売上金額を推計することは、左記理由により、不当である。

(一)  書店における値引、万引、損失等は多岐にわたつており、かつ一審原告自身がほとんど店舗営業管理に携われなかつた事情から、同業者及び一審原告の経営、営業の細部の比較検討を経ずに、同業者原価率を機械的にあてはめるような方法は推計の合理性を欠く。

(二)  同表中の原価率事例は七七・五〇パーセントから八〇・九八パーセントに及んでおり、その差は三・四八パーセントに達している。業者Eの原価率は、一審原告の仕切原価率七七・八パーセントより低く、しかも雑誌の仕切率七七・一パーセントよりわずかに〇・四パーセント上回るだけである。そうすると、Eは年間九六〇〇万円の売上をほとんど雑誌のみで得たことになるが、書籍も含む営業であれば、右売上は不可能であるし、含まないのであれば、同業者選定基準(1)に反する。その反面、原価率八〇パーセントを超える事例は二〇件中六件も見られる。一審被告が、これらの格差の大きい申告自体を課税庁として認めていることは問題であり、このような実態のなかで単純に平均値を求めてそれを機械的にあてはめる方法は正当とは言いがたい。

とくに同業者E及びAは、左記理由により、推計の基礎から排除すべきである。

(1) 同業者E

一審原告の昭和五三年分の仕切率は七七・七〇パーセントであるところ、商品種類別仕入価格が取引高によつて決定されていて、小売業者間にほとんど差がないため、原判決別紙第七表の同業者の仕切率がこれと大きく(たとえば、二、三パーセント以上)変わることはありえない。このことは以下の点から明らかである。すなわち、雑誌の仕切率が一審原告程度の業者ではほとんど七七・一パーセント程度であつて、これより右率の低い商品は極めて限定されており、売上全体の原価率への寄与も極めて低い。そうすると、仕切率の低下の主たる要因は雑誌にあると言うことができるところ、同業者の平均原価率は、昭和五一年七九・二〇パーセント、昭和五二年七九・六〇パーセント、昭和五三年(A及びEを除く)七九・八二パーセントである。仮にこれらの業者の仕切率が一審原告同様七七・七パーセント程度と見ると、原価率との差は、昭和五一年一・五パーセント、昭和五二年一・九パーセント、昭和五三年二・一二パーセントとなり、これがリベートを相殺した後の諸損失となる。Eにこれをあてはめると、その仕切率は最高でも七六・〇パーセント、最低では七四パーセントに下ることとなるが、Eの年間仕入原価額から見て、業界の常識上そのような低率はありえず、ありうるとしたら、仕入価格上の特例であり、同業者選定基準から外れている。

(2) 同業者A

Aの昭和五三年分の原価率七七・九一パーセントは、Eを除く同年分同業者の原価率と比較して低率に過ぎ、一審原告の仕切率に近似していることからみれば、これを推計の基礎から排除することは不当ではない。

(三)  原判決が、昭和五三年分につき、A及びEを含む同業者により雇人費率を推計した方法は不当ではない。すなわち、雇人費率を推計した方法は不当ではない。すなわち、雇人費率は原価率によつて決まるものではなく、原価率が不当、不自然であつても、雇人費率には直接影響するものではない。同年分についてこれを見ても、各業者の雇人費率の変動の幅は非常に狭く、いずれも不合理なものではない。

4 原判決は、右推計にあたり、乙第七〇号証により、店舗面積一六五平方メートル以下の店舗では平均〇・六一二パーセントであると認定しているが、同号証の記載によつても、万引被害額の算定は極めて困難であることが認められ、かつその被害額の割合も二・〇パーセントから〇・〇二パーセントと実に一〇〇倍の開きが見られる。したがつて、このような事例を単純平均することによつて万引率を算定することは不可能と言うべきであり、同号証中に見られる唯一の実数報告例である、戦前の大牟田金善堂の調査結果一・八パーセントを主要な根拠として算定すべきである。

5 原判決は、昭和五二年分の原価率につき、一審原告主張の売上金額を基礎として計算すると、八一・六九パーセントとなる点を問題とするが、原判決別紙第七表の業者Cの原価率八〇・九八パーセントとはわずかに〇・七一パーセントの差に過ぎず、右数値は異常とは言えない。」

七  同九行目の次に以下のとおり加える。

「第六 一審被告の一審原告主張に対する反論

納税者が、事業所得の金額につき実額を主張立証して、課税庁の主張する推計の必要性及び合理性を争うときは、総収入金額又はその必要経費の一部につき、その存在を推測させる程度に立証すれば足りるものではなく、その主張する総収入金額については、それがすべてであつて、他に取引先及び取引金額がありえないこと、また個々の必要経費については、それぞれが当該総収入金額を得るため直接に要した費用または事業所得を生ずべき業務について生じた費用(所得税法三七条一項)であること、殊に小売業においては、売上金額に比例する売上原価についても、それがすべてであつて、他に取引先及び取引金額がありえず、かつ棚卸が正確に行われていること等の事実を合理的な疑いをいれない程度に立証しなければならないと解すべきである。そして、その立証方法としては、少なくとも日々誠実に記載された現金出納帳並びにその根拠となりうる請求書及び領収書(もしくはそれらの控)またはこれらに準ずる正確な原始記録が不可欠であつて、これらの資料が顕出されなければ、事業所得の実額を認識し得ないことは会計学上の常識である。

しかるに、本件においては、最も重要な現金出納帳が提出されず、また総収入金額について提出された資料を見ると、レジ合計表、日計表及び売上帳には脱漏があり、売掛金請求書控及び同領収書控にも多くの不足があるため、一審原告の主張する総収入金額がすべてであるとは到底認められず、さらに、必要経費のうち売上原価についても、一審原告の主張する仕入金額がすべてであると認めるに足る資料はなく、棚卸も不正確である。

第三証拠関係

本件の原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  当裁判所は、一審原告の本訴請求は失当であると考えるが、その理由は、次のとおり付加、補正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決九枚目表一〇行目の「際、」の次に「一審原告から調査理由の説明を求められて、」を加え、同裏五、六行目を「右認定事実によれば、野畑雄二は、右調査にあたり、一審原告の求めに応じて、調査の理由及び必要性を具体的に告知したことが認められ、本件において右認定の告知内容以上の開示は必要でない」と改め、同九、一〇行目の「ないし第六表」を除き、同行の「あるところ」を「あつて、必要経費中被告主張額と異るものは減価償却費のみであるところ」と改める。

二  同一〇枚目表一行目の「る)」から三行目終りまでを「。一審原告も従来右額を認めていた〔原審第七回口頭弁論期日陳述の第四準備書面第二(一六)〕ところ、原審第一九回口頭弁論期日陳述の第二〇準備書面の別表5の1〔現金主義売上に基づく損益計算書〕において、一般経費項目と特別経費項目との両欄に同額の減価償却費を計上して、第四表記載の額となる旨主張するに至つたものであるが、同準備書面においても別表3の1〔発生主義売上に基づく損益計算書〕には一般経費項目にのみ計上しているのであつて、右別表5の1における右両欄記載は誤記によらざれば合理的理由のない重複記帳と認められるから、これに基づく一審原告の主張は採用できない。」と改め、同九行目の「請求は」の次に「その余の点につき判断するまでもなく」を、同裏四行目の「結果」の次に「(但し、後記措信しない部分を除く)」を、同九行目の「夫」の次に「大野宏三郎(以下「宏三郎」という)」をそれぞれ加える。

三  同一一枚目表三行目の「四日」の次に「午後一時ころ」を、同行の「折りには」の次に「、一審原告との間に午後四時ころまでと調査時間を約して、調査を開始し、まず」をそれぞれ加え、同七行目の「求め、」と「求めたが、わずかに昭和五三年分の」と、同一〇行目の「売上帳」から同裏四行目までを「現金出納帳の記帳は行つておらず、右日計表の原始記録となるべきレジペーパーも保管していないと答えたこと、宏三郎において、書類保管場所である二階から持参した一冊の帳面を示して、昭和五三年一二月分の売上帳である旨述べて、開帳しての野畑雄二の眼前に掲げたものの、同人がその提示を求めたにもかかわらず、同人がそれを手に取つて検討することを許さないまま閉じてしまい、同人において右帳面の記載内容を実際に確認することはできなかつたこと、同人は、調査終了予定刻限が近づき、かつ右状況ではこれ以上の調査の進展も望めないと考えて、再調査を約して辞去しようとしたところ、一審原告らは、同人に対し、今後の調査方法を具体的に説明せよ、調査の期限を明確にせよ等と述べて詰め寄り、野畑雄二において、今回の調査では不十分であること、今後の調査の日程期限についてはただちに返答できないと説明したが、一審原告らは納得せず、押し問答の末、一審原告らにおいて野畑雄二に対し、前記コピーの返還を求めてその返還を受けたこと、その後日ならずして、同人において一審原告に対し、宏三郎を介して、調査所得の説明をしたいので、帳簿書類、原始記録一切を税務署に持参するよう電話で求めたが、一審原告はこれに応じなかつたこと、以上の事実が認められ、右一審原告本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は、冒頭掲記の各証拠に照らして、にわかに措信することはできない。」と改め、同五、八行目の各「金額」の次に「雇人費額」をそれぞれ加え、同行の「することはやむをえないこと」を「する必要性が存在したもの」と改め、同一〇行目冒頭「3」の次に「一審被告は、右推計につき、一審原告の売上原価を基礎として、同年度の同業者の平均原価率を適用して、一審原告の売上金額を算出し、右売上金額を基礎として同業者の平均雇人費率を適用して、一審原告の雇人費を算出する、いわゆる類似同業者率による推計方法の採用を主張し、」と加え、同一二枚目表三行目の「い。」を「く、」と改め、同四行目冒頭の「4」を除き、その次の「新刊書籍」以下を前行に続け、同八行目の「同規模同業者の」の次に「平均」を加える。

四  同九行目の次に行を改めて以下のとおり加える。

「4 一審原告は、右同業者の選定及び推計が不当であるとしてるる主張するので、以下に検討する。

(一)  一審原告は、一審被告主張の同業者選定基準自体を疑問とする(事実摘示欄第五、三1)。しかしながら、一審原告の右主張は(1)ないし(5)の個別的基準を個々に取り上げて疑問を呈するに過ぎないところ、右基準はいずれも一審原告と業態、事業規模、立地条件等を共通にする同業者を選定するために設定されたものであつて、一審原告の同業者選定のための基準として疑問とすべきものはなく、むしろ右基準はいずれも一審原告と類似の同業者を選定する上に妥当なしぼり基準であると認められること、さらに、本件推計をなす必要性、理由は前判示のとおりであつて、元来所得の実額を認定できるほどに対象者の事業実態を把握できないところに推計の合理性が存在するうえ、一審原告主張のような特殊事情が昭和五三年当時、そのような事情の存在しない同業者に比較して、営業成績自体を悪化させていた事実は本件全証拠によつても認めることができないうえ、選定された同業者にもまた一審原告と同種もしくは異種の特殊事情が存在することは容易に推認されるところであることに徴して、一審原告の右主張は失当と言うべきである。

(二)  一審原告は、選定された同業者についてもるる疑問を呈するが(事実摘示欄第五、三2)、(1)選定された同業者は、原判決別紙第七表に明らかなとおり、その総収入金額、原価率いずれをとつても、一審原告と類似の業態の限界のなかで多様性に富んでおり、サンプリング数が少なすぎ、恣意的な選定の疑いがあると言うことはできないこと、(2)一審原告主張のような加重平均しなければならない程に事業格差が大きいとは言いがたいこと、(3)昭和五三年分をとつてみると、選定された同業者五者中、四者は三年間を通じて選定されており、残るEについては、後記のとおり、これを同業者から除くべきであるから、安定性を欠くとは到底言えないこと、(4)一審被告において選定された同業者の住所、氏名を開示しない点は、税務庁に守秘義務(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)がある以上許されないことではなく、右開示がないことの他に右同業者が存在しないことを疑わしめる事情の存在の認められない本件にあつては、一審原告の右主張は採用できない。

(三)  さらに一審原告は、書店における値引、万引、損失等は多岐にわたつており、かつ一審原告自身がほとんど店舗営業管理に携われなかつた事情から、同業者及び一審原告の経営、営業の細部の比較検討を経ずに、同業者原価率を機械的にあてはめるような方法は、推計の合理性を欠くと主張するが、もともと推計が許されることが、とりも直さず、左様な対象者の個別事情を捨象して、平均的基準を用いることが許容されることに他ならないのであるから、右主張の事情はいずれも一審原告の売上金額等の推計にあたつてとくに考慮すべき事情と認めることができない。右主張は失当である。

そうすると、一審被告主張の同業者平均原価率及び雇人費率による右推計方法はひとまず相当と言うべきである。」

五  同一二枚目裏七行目の「主張し、」の次に「一審原告提出の資料、即ち」を、同末行の「二〇四号証、」の次に「の記載は一応右主張に副い、これに」をそれぞれ加え、同一三枚目表一、二行目を「趣旨を総合すると、一審原告の主張以上の売上は無かつた様に認められないでもない」と改め、同六行目の「できない」の次に「から、一審原告の右主張は採用できない」を、同八行目の「多い」の次に「(たとえば、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六五号証記載の不一致)」を、同裏三行目の「いて」の次に「(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第六四号証)」を、同一〇行目の「であ」の次に「り、一審原告が本件において提出している帳簿類等が当時真実作成されていたものであれば、一審原告は右確定申告額が虚偽であることは容易に認識しえたのであ」をそれぞれ加える。

六  同一四枚目表七行目の「いずれも七七・七パーセント」を「、別表三表示のとおり、書籍が平均七七・八三パーセント、雑誌が平均七七・〇六パーセント、書籍雑誌通算平均で七七・六七パーセント」と、同一〇行目の「昭和五二年」から同末尾14までを「昭和五二年一億六九九万円余、昭和五三年一億四二四七」と、同裏三行目の「五九〇」から同行の「五五九」までを「五九四万円、五三年約五六四」とそれぞれ改める。

七  同一五枚目裏九行目の「し、」から同一六枚目表一行目までを「。一審原告は、右報告書記載の唯一の実数による報告を基礎として万引率の推計をなすべきであると主張するが、同主張に既に明らかなように、右実数による報告例は戦前の調査結果であつて、右平均による算定方法と比較して、一審原告における万引率の推計に適切であると認めることは到底できない。」と改める。

八  同二行目冒頭に「以上の点を考慮すると、」を加え、同五行目の「によると」を「が真実であるとすると」と改め、同一〇行目の「いる」の次に「こととなる」を加え、同裏四、五行目を「本件全証拠によつても認めることができない。」と改め、同六行目冒頭の(五)を除き、「さらに、」と加える。

九  同一七枚目表二行目の「ある」を「あつて、一審原告のこの点に関する主張(事実摘示欄第五、二5)はとりえない。そうすると、一審原告の右売上原価率の変動は、常識外れと言うべきであつて、到底認めることができない。」と改め、同裏八行目の「でも、」の次に「昭和五三年分の」を、同行の「金額」の次に「雇人費額」をそれぞれ加え、同一〇行目の「ほかはない」を「必要性が存在すると言うべきであり、かつ前判示の理由により、同業者の平均原価率及び平均雇人費率を基礎として右推計を行うのが相当である。」と改める。

一〇  同一八枚目表二行目から同裏九行目までを以下のとおり改める。

「4 一審原告は、原判決別紙第七表のE及びAにつき、推計の基礎から排除すべきであると主張するので、検討する。

まず、同業者Eにつき見るに、前認定のとおり、一審原告の昭和五三年分の書籍及び雑誌の通算仕切率は七七・六七パーセント、平均的万引率は〇・六一二パーセントであるところ、原判決別紙第六表によれば、一審原告のリベート率は、図書券受取損を控除すると、約〇・六一パーセントであることを自認している点に照らして、昭和五三年において概ね右程度のリベート率が存在したと認められるので、一審原告の原価率は低くても七七・六七二パーセントを下ることはないと推認することができること、Eの原価率は前認定の一審原告の昭和五三年分雑誌仕切率七七・〇六パーセントに極めて近似し、右表の各同業者の原価率と比較してもずば抜けて低率であること、Eは昭和五一年及び昭和五二年において同業者として選定されていないこと、原判決別紙第八表に明らかなとおり、Eの雇人費率は他の同業者に比較して極めて高率であること等を考慮すると、Eは、いまだ、一審原告と類似の業態を有する同業者と認めることは困難であるから、これを排除するのが相当である。一審被告は、Eを同業者に含むべきであると主張するが、その主張する理由は、一般論としてはその妥当性を否定し難いが、右主張をもつてしても、右判断を左右するに足りないと言うべきである。

次に、同業者Aにつき見るに、一審原告は、Aについても昭和五三年分の原価率七七・九一パーセントは、Eを除く同年分同業者の原価率と比較して低率に過ぎ、一審原告の仕切率に近似していることからみれば、右Eと同じくこれを排除すべきものと主張するが、Aの右率は、前判示の一審原告につき考えられる原価率の最下限七七・六七二パーセントを超えており、右率が一審原告の同業者の原価率としてありえない数値であると認めるに足る事情の存在は本件全証拠によつても認めることができないこと、Aを除外すると、その余の同業者の原価率の平均値は、より劣る営業条件のみが反映されたものとなり、一審原告の営業規模の前後〇・五倍から一・五倍までの範囲内にある類似同業者を選定するという本来の趣旨が没却されてしまうこと、書店小売業の仕切率は、書籍、雑誌等販売商品毎に異なり、一様ではないから、その取扱商品の構成によつては、一審原告の仕切率より低い業者が存在することはむしろ当然であつて、そもそも実額課税をとりえず、類似同業者比率による推計をなすほかはない本件においては、Aの原価率が右程度であることを理由として、これを推計の基礎から排除することは相当でないと考えられること、その他Aを排除すべき事情の存在は本件全証拠によつても認めることができないことを考慮すると、Aを本件推計の基礎となる同業者から排除すべきであるとする一審原告の主張は失当というべきである。

その他の同業者については、いずれも推計の基礎となる同業者として適格であると認められる。したがつて、Eを除く右同業者の各原価率を推計の基礎として、推計を行うべきであると認められる。そこで、同表昭和五三年分の同業者中Eを除いて同業者平均原価率を計算すると、七九・三四パーセントとなるところ、右率は昭和五一年分及び昭和五二年分の同原価率に極めて近似しているうえ、Eを除く他の同業者のみをもつて推計の基礎とする点についても、比準者数のみをもつて推計の基礎とする点についても、比準者数の点で十分な数が確保されていると言うべきであり、他に右率を用いて一審原告の原価率を推計することを不相当とする事情の存在は本件全証拠によつても認めることができないから、右率を昭和五三年分の同業者平均原価率として、一審原告の売上金額を推計するのが相当である(なお、原判決は、一審原告の昭和五三年分売上金額を、昭和五三年分の一審原告の売上原価より、昭和五二年分の同業者平均原価率を用いて推計するのが相当であると判断するが、同判断は、右A及びEを除いた場合の判断であるから原判決の右推計方法は採り得ない)。」

一一  同末行の「によれば、」から同一九枚目表末行目までを以下のとおり改める。

「 を援用するけれども、右立証によつては、一審原告主張の実額を認定して一審被告の推計を覆えすに足らないことは前記昭和五二年分に関し四5に判断したところ同一であるから、一審原告の右主張は採用できない。

6 そうすると、前判示のとおり、一審原告の売上金額は昭和五三年分の同業者平均原価率を用いて推計により算出するのが相当であるから、当事者間に争いのない売上原価一億一〇六六万〇二五五円を右原価率〇・七九三四で除すると、売上金額は一億三九四七万五九九五円となる。」

一二  同裏一行目から同二〇枚目表五行目の「合理的である。」までを

「7 次に必要経費につき見るに、租税公課、通信費、消耗品費、福利厚生費、雇人費を除く各金額はいずれも当事者間に争いがない。

先ず雇人費を見るに、前判示のとおり、これを同業者平均雇人費率による推計によつて算出すべきところ、昭和五三年の同業者の各雇人費率は、原判決別紙第八表のとおりであるから、前判示の理由により、Eを除いて平均雇人費率を算出すると、八・四三五パーセントとなる。そこで、」と、同六行目の「同業者雇人費率」を「平均雇人比率」と、同七行目の「一二八九万八五三五円」を「一一七六万四八〇〇円」と、同九行目の「必要経費のうち、」を「次に」と、各改め、同二一枚目表九、一〇行目を除く。

一三  同末行目から同二二枚目表二行目までを以下のとおり改める。

「 そうすると、一審原告の必要経費は別紙一の各欄記載の通りとなることが認められ、右認定を左右する証拠は存しない。したがつて、一審原告の昭和五三年分の事業所得の必要経費は一億三四一二万一九七七八円となることが認められる。

8 前記6の一審原告の売上金額一億三九四七万五九九五円から右7の必要経費一億三四一二万九七七八円を控除すると、事業所得金額は五三四万六二一七円となる。右額は、更正処分の認めた事業所得金額(異議、裁決による取消後のもの)を超えている。そして、更正処分の認めた所得控除を一審原告において明らかに争わないから、その課税総所得金額も相当であり、これを前提としてされた昭和五三年分の更正処分、過少申告加算税決定処分も正当であつて、これらの取消を求める一審原告の請求は失当である。」

第二結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求はすべて理由がなく、これを棄却すべきであるから、これと結論を異にする原判決は相当でないので、一審被告の第二九号事件控訴により、原判決中一審被告敗訴部分を取消し、右取消しにかかる一審原告の請求及び第三九号事件控訴を棄却することとし、民訴法三八四条、三八六条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 杉本昭一 裁判官三谷博司は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 潮久郎)

別表一

(昭和53年分本判決認定額)

〈省略〉

別表二

〈省略〉

別紙三

一審原告仕切率計算表

〈省略〉

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